統計学輪講(第2回)

統計学輪講(第02回)
日時      2012年04月17日(火)    14時50分~16時30分
場所      経済学部新棟3階第3教室
講演者    吉田 朋広 (東大数理)
演題      拡散の推定と極限定理

概要
拡散係数に対する統計推測論における幾つかの話題について,統計的および確率論的
視点から概観し,今後の課題について議論する.ここで考えるのは,疑似尤度解
析,非正則サンプリング,誤差分布の2次近似である.

疑似尤度解析 
 確率微分方程式で定まる確率過程(非線形非定常時系列)の有限時間等間隔離散観
測に基づく拡散係数の推定を考える.確率過程の増分2乗和は分散共分散構造の推定
量となるが,拡散係数がパラメトリックの場合は,疑似尤度解析が有効である.
 疑似尤度解析(quasi likelihood analysis, QLA)とは,統計的確率場の大偏差評
価,最尤型推定量およびベイズ型推定量の極限定理,裾確率評価および積率収束を与
える体系のことである.統計的確率場の大偏差評価は,ベイズ推定,高次統計推測理
論, 情報量規準,予測理論等において, 漸近理論を厳密に構成する上で現れる数学的
困難を解消する.推定量の関数を真値周りで展開し期待値を取るという基本的な操作
もそれなしには根拠を失う.
 適当な分離条件を満足する疑似尤度比確率場,たとえば局所漸近2次構造(LAQ)を
持つ確率場に対して,多項式型大偏差不等式が一般的に導かれ,それをもとにQLAが
構成できる.これは離散観測エルゴード的拡散過程に適用されQLAが得られたが,有
限時間離散観測の場合にも適用できQLAを得る.有限時間の場合は漸近混合正規型の
極限定理が必要になるが,極限に現れる確率場の分離を反映するインデッックスがラ
ンダムになるので,自明でない非退化性に関する統計推測独自の問題も現れる.非退
化確率過程が下にある場合,この問題は相空間上のある種のテンソル場のパラメータ
に関する一様非退化性の問題になる.確率過程が退化する場合は,この問題は確率場
の性質と絡んでより複雑なものになる.
 ボラティリティの変化点問題も疑似尤度によって解くことができる.付随する統計
的確率場は,両側ウイナー過程の汎関数の混合に収束し,それによって推定量の挙動
が特徴付けられる.
 関連する話題として,エルゴード的なジャンプ拡散過程に対するQLAの構成があ
る.ミススペシフィケーションは現実的に重要な問題を提起する.エルゴード的拡散
過程の拡散係数の離散観測推定量は,T^{1/2}の収束率しか持たないことが起き,こ
れは通常のn^{1/2}と異なる.

非正則サンプリング
 等間隔ではないサンプリングスキームは,非正則サンプリングと呼ばれ,研究の対
象となっている.非正則サンプリングの最たるものは,非同期サンプリングであ
る.直感的に”自然な”データの補間によるリアライズドボラティリティは推定バイア
スを伴う.非同期共分散推定量はこの困難を解消するために提案された.サンプリン
グ時刻は非同期,ランダムでよいが,強可予測性の仮定の下で,推定量の漸近混合正
規性や,汎関数型極限定理が証明されている.
 最近,マイクロストラクチャーノイズのある場合の非同期共分散推定の研究が進展
している.プレアグリゲーションの後,非同期共分散推定量を適用すると,最適収束
率が達成される.また,ジャンプのある場合の連続部分の共分散構造推定などでも進
展がある.
 パワーバリエーション,マルチパワーバリエーションも比較的新しい研究対象であ
り,極限定理が研究されている.非正則の場合のパワーバリエーションも,強可予測
条件の下で極限定理が得られている.
 非同期共分散推定量の意義は時間の相対化であった.Lead-lag推定はそれをさらに
進めた形でなされる.銘柄間のリーダー/フォロワー関係の解析に役立つことが期待
される.最近マルチリードラグへの拡張を行っている.
 拡散係数がパラメトリックの場合,記述統計にとどまる理由はない.QLAの構成が
期待できるが,この場合はデザイン(観測時点の配置)が推定関数に非線形的に影響
し,QLAの展開が困難になる.デザインに付随したアソシエーション行列のレゾルベ
ントの漸近挙動が,統計的確率場の挙動の記述を可能にし,QLAが構成される.

誤差分布の2次近似
 確率過程の増分2乗和(リアライズドボラティリティ)の誤差分布の極限は一般に
混合正規分布である.誤差は主要項である2重伊藤積分の摂動として表されるが,主
要項がマルチンゲールであっても,2次変動の極限がランダムになり,このような状
況での漸近展開は,従来の方法が適用できない.つまり,中心極限が起きる標準的な
状況では,マルチンゲールに対してポテンシャルでバランスして指数型マルチンゲー
ルを作るとき,そのポテンシャルが漸近的に決定論的になり,マルチンゲールの特性
関数とポテンシャルの交換ができ,証明がうまく行ったが,このスキームがここでは
働かない.いっぽう,極限の混合正規分布における正規部分はもともとの世界とは独
立なものである.その独立な正規系への移行の速さを定量的に測る必要があり,さら
には,昇華しきれない部分を漸近展開項として捉える必要がある.新しい漸近展開公
式は2種類のランダムシンボルで記述され,ひとつは古典論に対応するが,もうひと
つは新たに現れるもので,無限次元解析的な表現を持つ.この混合正規の場合へのマ
ルチンゲール漸近展開の一般化により,たとえばリアライズドボラティリティの漸近
展開が得られる.
 正則サンプリングの場合の推定量の漸近展開は,確率展開とその高次項評価のため
のQLAがすでにあるので,もはや自明である.非同期共分散推定量への応用は課題で
ある.ただし,フィードバックのない漸近正規の場合はガウシアン解析とマリアバン
解析によってそれは得られている.最近パワーバリエーションに対して漸近展開が議
論されている.